当事者研究は、社会から差別や偏見を向けられ、長期間にわたり精神病院への入院を余儀なくされてきた北海道浦河町の精神障がい者たちが、地域に生活の場を移していく過程で発明した研究実践である。従来は、研究対象の位置に置かれてきた障がいや病を抱えた当事者が、外部の専門家に委託するのではなく、「当事者こそが自分の苦労の専門家」と捉えて、自分の苦労の規則性や対処法を自ら研究するのが当事者研究である。
当事者研究は今や依存症、発達障がい、慢性疼痛など、様々な分野に広がり、既存の研究が見逃してきた新しい知見を提供するとともに、2015年には東京大学に当事者研究分野が設置されるなど、既存の学術との共同研究も進んでいる。最近では、企業や刑務所、大学などの組織をよりインクルーシブなものに変革する方法としても活用されはじめている。
本講演では、ユニークな日本の取り組みである当事者研究について、「自助の方法」「研究の方法」「組織変革の方法」という3つの側面から紹介する。
熊谷晋一郎
東京大学先端科学技術研究センター教授、小児科医。日本学術会議第二部会員、内閣府障害者政策委員会委員長。 新生児仮死の後遺症で、脳性マヒに。以後車いす生活となる。東京大学医学部医学科卒業後、千葉西病院小児科、埼玉医科大学小児心臓科での勤務、東京大学大学院医学系研究科博士課程での研究生活を経て、現職。専門は小児科学、当事者研究。主な著作に、「リハビリの夜」(医学書院、2009 年)、「発達障害当事者研究」(共著、医学書院、2008年)、「つながりの作法」(共著、NHK 出版、2010 年)、「みんなの当事者研究」(編著、金剛出版、2017年)、「当事者研究と専門知」(編著、金剛出版、2018 年)、「当事者研究をはじめよう」(編著、金剛出版、2019 年)、「当事者研究」(岩波書店、2020 年)、「<責任>の生成」(共著、新曜社、2020 年)など。
アンヌ・リーズ ミトュー
パリ・シテ大学日本研究部門准教授、東アジア文明研究センター所属、日本社会における障がい者の教育と就業について研究多数。2024年秋、著書「Le cœur et le droit : le handicap dans la société japonaise」出版予定。
熊谷研究室 当事者研究分野 - 東京大学 先端科学技術研究センターバリアフリー系 COPRO