老人福祉施設の関係者や薬物依存症リハビリ施設の入所者、大丸有エリアの大手企業に勤める人々など、さまざまな社会的背景を持ったひとたちの世界に飛び込んで、人間そのものの姿を礼賛する作品作りをしてきた倉田翠氏。2016年から日本で上演されてきた倉田氏の代表作「家族写真」を、いよいよパリで上演します。ダンサー・子役・写真家・演劇人で構成されるこの疑似家族は、完全なフィクション作品を提示しているように見えます。しかしこれは、実際に倉田氏が受けた生命保険の説明を元に作られたドキュメンタリー作品なのです。倉田氏の発案、劇作家・演出家の筒井潤氏の筆による大阪弁のモノローグが、「くるみ割り人形」の音楽と重なり、哀しくもユーモラスなハーモニーを生み出します。家族の団欒を象徴する食卓を中心に彼らが織りなす家族模様は観客お一人お一人の心にどのように映るのでしょうか。



2023年の『家族写真』について


2016年、写真家と舞台を作ることになった。


私が「写真」という言葉で真っ先に思い出すのが、家族写真だ。私の父は、事あるごとに家族写真を撮る人だった。それが成長と共に嫌になったりすることもあった。反抗期でニコリともせず写真に収まることもあった。でも父は写真を撮り続けた。まるで、その時々の「家族」の形を記録して行くように。


私は、「家族」というものに対し、絶対的な繋がりと、不可思議さを感じていた。

父の役割、母の役割、子供の役割。それぞれが家族であるために担っている役割があるように。

子供の成長により崩れるバランスをそれぞれが調整しながら、なんとか家族を保って行く。喜ばしいと思われる子供の成長も、その成長していくこと自体に付きまとうある残酷さを感じていた。


2023年。

初演時はまだ小学2年生だった子役が、現在高校2年生になっている。当時の子供がゆえの愛らしさはもうなくなっている。それは、ただバレエを踊っているだけで可愛くて愛おしいという視線を注がれる時期はもう過ぎているということである。現に彼女は随分前に自分の意志でバレエを辞めている。

繰り返し再演をする中で、彼女自身が、作品の中で身を持って成長の残酷さを体現することになってしまった。


それはまるで、実際の家族の中で、子供役から逃れられない「もう子供ではなくなっている」子供のようである。

それでもバランスを取りながら継続されて行く「家族」という営み。「家族」という構造から逃れることの難しさ、またはその構造の儚さ。


2023年の『家族写真』。

それは、「もう昔とは違う」ということをそのまま引き受けた作品です。


倉田翠


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倉田 翠


1987年三重県生まれ。京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)映像・舞台芸術学科卒業。 3歳よりクラシックバレエ、モダンバレエを始める。京都を拠点に、演出家・振付家・ダンサーとして活動。作品ごとに自身や他者と向かい合い、そこに生じる事象を舞台構造を使ってフィクションとして立ち上がらせることで「ダンス」の可能性を探求している。2016年より、倉田翠とテクニカルスタッフのみの団体、akakilike(アカキライク)の主宰を務め、アクターとスタッフが対等な立ち位置で作品に関わる事を目指し活動している。セゾン文化財団セゾン・フェローⅠ。

近年の主な作品に、幾度も再演を行いakakilike初期の代表作とも言える2016年初演『家族写真』/2017年初演『捌く』、2018年初演、京都市東九条地域の住人と共に制作した『はじめまして こんにちは、今私は誰ですか?』、薬物依存症リハビリ施設京都ダルクのメンバーと共に制作した、2019年初演『眠るのがもったいないくらいに楽しいことをたくさん持って、夏の海がキラキラ輝くように、緑の庭に光あふれるように、永遠に続く気が狂いそうな晴天のように』など。 個人の作品としては、日本のGDP25%を占めるとも言う東京の大手町・丸の内・有楽町エリアで働くワーカーと制作した『今ここから、あなたのことが見える/見えない』(2022/主催:大丸有SDGs ACT5実行委員会、一般社団法人ベンチ)、倉田翠×飴屋法水『三重県新宿区東九条ユーチューブ温泉口駅 徒歩5分』(2021/製作:国際交流基金 (JF) 、企画・制作:株式会社precog)などがある。

2023年、『家族写真』でクンステン・フェスティバル・デザール(ブリュッセル)とフェスティバル・ドートンヌ(パリ)に招へいされ、初の海外ツアーを果たす。同年、まつもと市民芸術館の舞踊部門の芸術監督への任命が発表される。



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同時開催の写真展について
出演する写真家・前谷開氏は初演から、必ず同じシーンでセルフ・シャッターを下ろしてきました。その写真を劇場ホワイエで展示することにより、同じ子役の、9歳から16歳までの成長を見守るこの家族の眼差しも立ち上がってきます。